会社情報

広島老舗和菓子所「平安堂梅坪」

当社は大正七年「平安堂」という屋号で、広島名産 柿羊羹 の製造本舗として、現社長(竹内恒彦)の曾祖母が創業いたしました。

戦後、柿羊羹の製造を主体に企業を再開いたしましたが、昭和三十年、平安堂を母体として和菓子の製造直販の小売店舗を新設するにあたり、新たに「梅坪」という屋号を名のりました。

また茶寮「梅坪」1号店が堀川町に、2号店として中央通り店(現在のパルコの辺り)、本通店と続いて開店いたしました。

どちらも平安の都を源流とする因縁から店舗の由来を尊重して、昭和三十七年に「平安堂梅坪」という店名に統一し、現在に至っております。

昭和四十年には洋菓子部門を創設。

以来多店舗展開をはかり、現在は直営、デパートのテナントなどを含め、20以上の販売拠点を持っています(現在、茶寮は営業しておりません)。

「梅坪」について

平安の地の中心を占める京都御所には、正殿である紫宸殿ししんでんの北側に、むかしは后妃の住まわれる建物が五舎、棟を競って整然と並び建っていました。

そして、それらの建物の付近の庭を「つぼ」と呼び、春夏秋冬、折々の花樹が植えられていました。藤、梅、梨、桐など、中でも梅は群芳にさきがけて咲く花として、そのいさぎよさを祝って、凝花舎ぎょうかしゃの南庭に、西に白梅、東に紅梅が植えられていたので、その庭を「梅坪」といい、凝花舎も同じ名で呼ばれていました。今の清涼殿の西北側の広場が、いにしえの梅坪の跡であるといいます。

此花このはな」といえば、百花に先駆けて咲く花である梅のことを指し、そこから「此の菓子屋といえば梅坪たらん」という想いで名付けられたと聞いています。

梅のはな名によびよくてにほい哉 来山